「僕には無理だ」
という言葉をよく聞く。
この言葉を聞くと僕は、
「そら、できんわ」
と思ってしまう。
理由は、
やる前から無理だと言っている時点で
諦めているようなもんだから。
アイキャッチ画像に載せた
スキーやスノーボードみたいなものだ。
もっと簡単に例えれば、
自転車に乗ったことがない子どもが、
「自転車なんて乗れないよ」と言っているようなもので、
そりゃそうだと思うのと同じ。
でも、親は、
「まずはやってみなよ」と言うでしょ。
「こけたりするけど、そのうち乗れるようになるよ。
手伝うからがんばろ。」と言うでしょ。
これと同じじゃないですか?
空を飛べ!とかマッハで走れ!とか、
人間に不可能なことを言っているわけじゃない。
ほかの人でもできていることを
「できない」「無理だ」と挑戦すらしない。
なんてもったいないと思うと同時に、
非常に残念だと思ってしまう。
やってみないとできないかどうかはわからないのに。
また、そういう人に限って、今の自分の状況を悲観する。
そして、他人のせいにする。
その状況に陥っている主な要因は自分だというのに。
そういう思考になるのが、いちばんもったいないと思う。
言い方は悪いが、かわいそうだとも思う。
さらに言えば、
こういう思考の人は自分のせいではない
という固定観念が強いと思う。(個人の感想だが)
固定観念が強いと、人の意見を聞かない。
人の意見を聞かないというより、
自分と違う意見を聞き入れない傾向がある。
だって、自分が一番正しいと思っているから。
まぁ、愚痴る。
さらに愚痴る。
そして、隣の芝が青く見えるように他人を羨む。
愚痴を聞かされて気分のいい人はいない。
そこを「こうじゃないの?」と言おうもんなら、
もう収集がつかない。笑
つまり、
その人の考えが変わるかどうかはその人次第。
他人に影響を受ける人は多いかもしれないけど、
そこでわたしもこうなりたいと思うのか、
わたしには無理だと思うのか。
僕は、そこがターニングポイントだと思っている。
今の状況を良くしようと思えば、
絶対に今のままでは良くならない。
悪くはならないかもしれないけど、
劇的に良くなることはないと言っても過言ではない。
それなのに、変わろうともしない人をみると、
なんてもったいないんだろうと思ってしまう。
とは言え、
他人に変わることを強制する義務も権利も僕にはないわけだ。
変われない人は人生を他人に委ねることになる。
そうすると、
良くならなかったことを他人のせいにする人間になる。
今の状況に不満がある。
満足がいっていない。
こんなはずじゃなかった。
と思っているなら、まずは自分が変わらないといけない。
そのことに気付かないと、ずっと変わらないよ。
ということに気付いてほしいなと思うけど、
みんながみんなそう思うわけではない。 残念だけど。
だとすると、
そこに気付いた人に対しては、
より良い人生を歩めるような話をしていけたらいいと思う。
今はまだ、そこまでの力はないが、
僕と同じような想いをしている人の助けに
なるようなことがしていけたらいいと思う。
乗ったことのない自転車に乗れるようになるために、
サポートをしていければ。